「健康のために何かしていますか?」と聞かれて、
「ウォーキング」と答える人は多いのではないでしょうか。
まだ、実践していない人でも、やろうかなと考えていたり、
健康診断でもらったパンフレットでウォーキングの勧めを目にした人も多いとことでしょう。
しかし、いざ始めようと思っても、
「どれくらいの速度で」、
「どれくらいの頻度で」、
「どれくらいの時間行えば」、
「どんな効果が得られるのか」。
これらの素朴な疑問を抱いていて、なかなか実践できない方が多いように思う。
研究成果をもとに、これらの疑問に明確な答えを示したのが、
信州大学学術研究院医学系特任教授の能勢 博さん。
能勢さんの研究成果の中から、すぐに役立つエッセンスを特別公開します。
【生活習慣病の原因は「体力の低下」だった】
私たちの体力は、20歳台をピークとし、
30歳以降、10歳加齢するごとに5-10%ずつ低下する。
これは単に運動不足のために起こるのではなく、筋肉の萎縮によって引き起こされる。
これは「加齢性筋減少症(サルコペニア)」と呼ばれる。
肌にしわがよったり、頭の毛が薄くなったりするのと同じ加齢現象なので、
誰も逃れることができない。
そして、20歳台のレベルの30%以下になると「要介護」状態となる。
ここで私たちが強調したいことは、この体力の低下と医療費とが見事に相関することだ。
なので、疫学(医療統計学)者の間では、
「この体力低下こそが、高血圧、糖尿病などの生活習慣病だけでなく、認知症やうつ病、
がんも含めた加齢性疾患の根本的な原因なのではないか」
とずいぶん前から考えられていた。
この疑いには長らく証拠が見つかっていなかったのだが、
最近の分子生物学の進歩によって、どうもそれが本当らしい、
ということが私たちの研究も含めて明らかになりつつある。
著者の執筆したものに『ウォーキングの科学』という本があるが、
この本を書いた第一の目的はそうした研究成果を読者に紹介することだった。
そして、もし体力の低下が加齢性疾患の根本原因なら、
運動処方によって体力を向上させればこれらの疾患の症状が改善し、医療費も削減されるはずである。
もう一つ、私たちの研究結果がその考えを支持していることを読者に紹介することが、
本書執筆の動機だったが、これらの結果を得るのになんと20年近くかかってしまった。
なぜ、こんなに長くかかったのか。その理由を以下に述べてみよう。
【国際標準なら「半年で症状改善」でも、大きな問題】
私の専門とする「運動(スポーツ)生理学」における
体力向上のための運動処方の「国際標準」を紹介しよう。
まず、トレッドミル(ランニングマシン)や
自転車エルゴメータなどのマシンを使って個人の体力を精度よく測定する。
そして、体力の上限の60%以上の強度を持つ運動を、
それらのマシンを使って1日30分以上、週3日以上実施する。
そうすれば、遅くとも6ヵ月で体力が10%以上向上し、
それに比例して生活習慣病を含むさまざまな加齢性疾患の症状が改善する、というものだ。
しかし、この「国際標準」にそった運動方法には問題がある。
つまり、この「国際標準」にそったやり方ではお金がかかる。
マシンを購入しなければならないし、それを置いておく場所もいる。
何より、運動トレーニングを指導するスタッフを雇わなければならない。
したがって、この国際標準の運動処方を「忠実」に実施するには、
低く見積もっても、一人あたり、なんと年間30万円もの費用(会費)が必要となるのだ。
これでは、体力向上の運動処方を一般庶民に普及させることは困難である。
したがって、体力向上による、加齢性疾患の症状改善効果と医療費の抑制効果とを
実証することはこれまで不可能だったのだ。
【「インターバル速歩」という新たな選択肢】
そこで、私たちはマシンに依存しない運動処方の開発に乗り出した。
主な開発項目は以下の3つである。
(1)マシンに代わる体力測定方法の開発
もっと、安価に、簡単に、体力向上の運動トレーニングができないか。
まず、普通歩行以上の速さで歩行した際や、
坂道・階段など高度差がある場所を歩行した際でも
エネルギー消費量が正確に測定できる携帯型カロリー計を開発した。
次に、この装置を用いて中高年を対象に歩行による体力測定をおこなった。
その結果、ほとんどの方において、最速で歩行した時のエネルギー消費量と、自転車エルゴメータと呼気ガス分析器を用いて測定したエネルギー消費量とが見事に一致したのだ。
すなわち、わざわざジムに行って体力測定をしなくても、
この装置を腰に装着し3分間最速で歩きさえすれば、
個人の最大体力(最高酸素消費量)が測定できることを明らかにした。
(2)マシンに代わる運動方法の開発
マシンに代わる体力向上のための運動方法はないか。
私たちは、最大体力の70%以上に相当する早歩きと、
40%程度のゆっくり歩きとを交互に繰り返す「インターバル速歩」を考案した。
なぜ、早歩きの後にゆっくり歩きを挟むのか。
当初「国際標準」にならって1日30分の早歩きだけを指導したところ、
誰も歩かなかったからだ。
筋肉痛がおこり息切れがしてしんどいだけ、という散々の評価だった。
そこで、若い人たちが実施している
インターバル・トレーニングにヒントを得て「インターバル速歩」を思いついた。
そして、その間のエネルギー消費量を上記の携帯型カロリー計で測定した。
その結果、ほとんどの中高年者が指導通り「インターバル速歩」を1日30分以上、週4日以上、5ヵ月間実施した。
(3)ジムに代わる運動処方の開発
次に私たちが取り組んだのが
「わざわざジムに行かなくても、遠隔で専門家の運動指導を受けられないか」
という課題を解決する方法だった。
そのために私たちはIoTを利用することにした。
1ヵ月に1回指定された日時に自宅近くの地域公民館に集まり、
携帯型カロリー計に保存されている歩行記録をPC端末経由でサーバー・コンピュータに転送する。
すると、折り返しその評価が端末に帰ってくる。
それに基づいてトレーナー、保健師、栄養士などが個別の運動指導をする。
彼らが主にチェックするのは
「参加者が、個人の目標レベルの強度以上の歩行を、一定時間実施しているか」
だけである。
その結果、マシン・トレーニングに比べ、人件費が極端に節約できた。
その結果、5ヵ月間の継続率が95%、体力が最大20%向上、
高血圧、高血糖、肥満などの生活習慣病指標が20%改善、
膝痛・腰痛などの症状が50%改善、そのほか、うつ症状、認知機能も有意に改善した。
すなわち、これまでマシン・トレーニングでしか得られないと考えられてきた運動処方効果が、その10%の費用で得られることが明らかとなった。
ここまでくるのに20年近くを要したのだ。
【「インターバル速歩」でわかった4つのこと】
このような運動処方システムはこれまで国の内外を問わず存在しなかった。
したがって、これまで報告されていなかった様々なことが明らかになりつつある
主な点は以下の4つである。
(1)「一日一万歩」は効果がない!?
読者がお馴染みの「一日一万歩」には、「運動強度」の概念が入っていない。
通常、人がウォーキングをする場合、その強度は個人の最大体力の40%程度である。
一方、体力向上に必要な運動強度は60%以上で、
このレベルで運動すると動悸が起こり、息切れも起こる。
したがって、ほとんどの人はこの強度でウォーキングをするのを嫌がる。
実は、このレベルの運動を実施しないと体力は向上せず、
したがって生活習慣病の症状の顕著な改善効果が得られないのだ。
だから、「一日一万歩」を目標にダラダラ歩いてもほとんど効果がない。
なぜ、これまで「一日一万歩」“神話”が信じられてきたのか。
その理由は、
1.現場で「個人の体力」を精度よく知る方法がなかったこと
2.ウォーキング中に「歩行速度が個人の目標レベルに達していること」を知る装置がなかったこと
3.「個人の最大体力の70%以上の速度でウォーキングすると効果が出ること」について、
多くの被験者を対象とした科学的証拠が乏しかったこと
の3つである。
(2)運動習慣を定着させるために必要なこと
体力向上・健康改善には運動習慣の定着が必須である。
しかし、どのような因子がそれにどの程度関与しているのか、
これまでほとんど研究されてこなかった。
理由は、たとえば「一日一万歩」の場合は自治体などのスタッフの“熱意”の影響、
また、マシン・トレーニングの場合はジムのサービス内容の影響が大きいからだ。
さらに、マシン・トレーニングの場合には会費も影響するだろう。
そして、何よりもこのテーマの研究は時間と労力、それに費用がかかるのだ。
一方、私たちのシステムはほとんどのサービスをIoT化したのでスタッフの人的影響をほとんど受けないし、
どんなに長い期間を研究対象としても労力と費用がほとんどかからない。
したがって、このテーマの研究には最適なのだ。
(3)機能性食品の効果の検証
医薬品の効能検証では、大学病院などの医療機関が舞台となる。
さらに、その効果も比較的短期間のうちに現れなければ医薬品として承認されない。
一方、機能性食品とよばれるものには、そのような効果検証フィールドは存在せず、
また、その効果も現れるのに数ヵ月はかかる。
さらに、被験者の身体特性、食事、活動量なども結果に影響する。
したがって、巷には“怪しい”機能性食品も多い。
私たちのシステムでは治験に参加する人たちの身体特性や、
介入中の食事、活動量のモニターができるので、この目的に最適なのだ。
(4)治療医学への応用もできる
体力向上はあらゆる加齢性疾患治療の万能薬だ。
すでにデンマークのコペンハーゲン大学ではインターバル速歩の糖尿病患者への
治療効果の大規模コホート研究(長期の追跡調査)が始まっている。
彼らは、もしそれで期待通りの結果が得られれば、
インターバル速歩を国民健康保険適用にすることも視野に入れているそうだ。
私たちも“負けじ”と糖尿病患者や整形外科患者を対象としたインターバル速歩の治験を開始している。
【インターバル速歩に対する社会的評価は?】
これらの業績の一部は「エクササイズガイド2006」と、
文科省の「平成22年度科学技術白書(未来を切り拓き課題解決に貢献する科学・技術)」で紹介された。
さらに、日本抗加齢医学会など臨床系学会、
中央災害防止協会などの団体からの講演依頼があり、
その数、3年間で100件あまりに達する。
これらの成果は「体力向上のための運動処方をジムから解放した」という理由で、
国の内外で高く評価され、国内ではNHKの「ためしてガッテン」「クローズアップ現代+」「きょうの健康」「チョイス」などで取り上げられ、
海外でも「ニューヨーク・タイムズ」紙に複数回取り上げられた。
このようにマスコミなどで3年間の間に新聞、雑誌も含めると200件以上取り上げられ、その後も様々な機会に紹介されている。
◇
『ウォーキングの科学』でのテーマは、加齢による体力低下と加齢性疾患発症メカニズム、
そしてそれらの予防方法について「インターバル速歩」を中心に運動(スポーツ)生理学の立場から述べたものだ。
しかし、読者がそれにとどまらず、ヒトとは何か、超高齢社会とはどうあるべきか、
というところまで思いを馳せていただければ著者として望外の喜びである。
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今回は、医学博士 能勢博さんの記事を引用しました。
元記事はこちら→https://gendai.media/articles/-/106519?imp=0能勢 博プロフィール
信州大学学術研究院医学系特任教授。
北アルプス医療センターあづみ病院非常勤医師、
山梨県富士山科学研究所 特別客員研究員を兼務。医学博士。1952年生まれ。1979年京都府立医科大学医学部医学科卒業。京都府立医科大学助手、米国イェール大学医学部博士研究員、京都府立医科大学助教授などを経て1995年より信州大学医学部教授、2003年より信州大学大学院医学研究科教授。2018年より現職。信州大学山岳科学総合研究所・高地医学・スポーツ科学部門長、常念診療所長などを歴任。1981年には中国・天山山脈の未踏峰・ボゴダオーラ峰(5445m)に医師として同行、自らも登頂した。2004年よりNPO法人熟年体育大学リサーチセンター・理事長、副理事長を務め、10年あまりで7000人以上について運動処方を行い、その効果を実証。『山に登る前に読む本』『ウォーキングの科学』(講談社ブルーバックス)、『見た目も体も10歳若返るリズムウォーキング』(青春出版社)ほか著書多数。