優秀な人と自分との違いは、持って生まれた頭の出来の差?
いいや、それは脳の神経細胞の差。
そして脳の神経細胞には大人になっても伸びしろがある。
つまり、今からでも脳力は鍛えられる=頭は良くなるのだ。
最も有効な手段のひとつは、誰もが実践可能な「運動」。
しかも最新研究で目的別に脳力を鍛える方法が分かってきた。
【神経細胞を育て活性化する奇跡の栄養分の名はBDNF】
運動をすると記憶に関わる脳の“海馬”という部分が大きくなり、記憶力がよくなる…。
なんて話を耳にしたことがあるかもしれない。
じゃあ走ったり筋トレしたりすれば記憶力がアップして、昨日の夕飯のメニューや久しぶりに会った人の名前をド忘れすることなく、「あれ」「それ」「あの人」といった指示代名詞の多用も防げてめでたしめでたし?
なんて、そんな単純な話ではない。
記憶という機能は脳研究のいわば入り口。
それだけに古くから研究が盛んに行われてきた。
よって運動=記憶力アップというイメージが先行しただけの話。
現在では運動が記憶だけでなく集中力や忍耐力、ひらめきを生み出す瞬発力といった、さまざまな認知機能の向上に関わることが分かっている。
いろんな意味で運動は“脳力”を底上げするのだ。
ではなぜ、運動は脳を強くするのか?
キーワードは“BDNF”。Brain-Derived Neurotrophic Factorの略で、日本語にすると「脳由来神経栄養因子」という物質のこと。
「BDNFとは基本的に神経の栄養となって神経を育てるような物質のことです」と言うのはイェール大学で先端脳科学研究に携わった医師の久賀谷亮さん。
「脳の神経細胞は胎児や幼児期に生まれ、あとはそのまま死んでいくだけと長らく考えられていました。
ところが、大人になっても海馬の神経細胞が新たに生まれることが分かったのです。
これを“ニューロジェネシス”と言います。
BDNFは神経細胞が情報を出し入れする樹状突起を張り巡らせたり、神経同士の接合部であるシナプスを増やしたり活性化させる。そんなイメージです」
下のグラフをご覧の通り、運動の刺激でBDNFは増える。
定期的な運動を続ければその効果は盤石だが、一度の運動でも脳にいい作用をもたらすことが、さまざまな研究で明らかにされているのだ。
【BDNFが作られるメカニズムとは?】
では、どのようなメカニズムでBDNFが作られるのか?
現在有力視されている説のひとつは、運動することによって筋肉内で「PGC-1α」という物質が活性化され、さまざまな反応を引き起こしてBDNFが作られ、脳の神経細胞の成長を促す…というもの。
運動によって脳の神経細胞成長・分化が促されるメカニズム
BDNFが海馬に作用すれば海馬の容積が大きくなる。
もちろん、海馬だけに影響を与えるわけではない。
後述するが、運動の種類によってBDNFの増え方も違えば影響が及ぶ脳の部位も異なってくるのだ。
さて、ここで素朴な疑問が頭に浮かぶ。
そもそもBDNFは運動という行為によって活性化されるのか?
「BDNFはターメリックやカフェインなどの摂取やサプリメント、うつ病の薬などによる刺激によっても作られます。
でもそれらは特殊なケースでまだ十分なエビデンスもありません。
それに比べて運動は最も手軽で誰にでもできる簡単なこと。
ヒトは運動するようにできていますし、逆に運動したからこそ脳が成長し、ヒトに進化したという部分があると思います」
かつて、ヒトの祖先は2本の脚でひたすら走って獲物を追いかけるスタイルで狩りをし、生き延びた。
時代が下るとカラダを使って農作業をし、物を作り、商いをして発展してきた。
運動することで脳にいいフィードバックが返ってきたおかげで、ここまで進化してきたとも考えられるのだ。
運動とヒトは持ちつ持たれつ。
ならば、せっかく授かったカラダと脳のシステムを利用しない手はない。
仕事のパフォーマンスを上げたい? なら、何はともあれ運動だ。
【激しい運動は必要ない。やる気不要の軽運動から始めよう】
適度な運動がカラダにいいことは百も承知。
運動とBDNFの関係性がはっきりしたことで脳に効くことにも合点がいった。でも…。
その後に続くのは、仕事が忙しいから、疲れてるから、家族サービスしなくちゃいけないから、などという果てしないエクスキューズ。
というわけで結局、運動にとりかかるチャンスを逃してしまう。
単に知っていることと実際に行動に移すことの間には、かように深い溝がある。
「運動しましょう」
かかりつけの医者が言う。家族や恋人が言う。
ビジネス書にもそう書いてあるし、テレビからもそんなアドバイスが聞こえてくる。
でも、いかんせん意欲が湧かない。はて、そんなときどうするか?
運動しなくてよし。
「さあ運動するぞ!」と気張って始めようとするから最初から心が折れてしまうのだ。
まずは、ごく軽く足踏みするだけでもOK。
試しに下に紹介する3種類のステップ動作を真似てみてほしい。
休みを入れつつの90秒間の足踏みだ。
「ノルウェースポーツ科学学校のエケルンドらによる3600人の対象者に基づいたメタ解析
(複数の質の高い研究を束ねた最も信頼性の高いデータ)によれば、
ごく軽くカラダを動かしただけで早死にしなくなったことが示されています。
カラダを動かすだけで寿命が延びるのです」
もちろん、このステップ動作、カラダだけではなく脳にもある影響を及ぼしてくれる。
なんならテレビや配信動画を見ながらでもよし。
ちょっとでも仕事のパフォーマンスを上げたいと願っているあなた、
何はともあれトライしてみるべし。
まずは実践。このステップ、脳にどんな影響が?
WALK (BASIC)
WALK (V STEP)
WALK (TAP)
【答え】やる気を出す
90秒間リズムよくステップを踏んだ後、
少し心拍数が上がって気分がスカッとしているはず。
そう、その感覚こそ運動による脳の刺激で得られた“やる気”だ。
【軽い運動でやる気が生まれる?
最新研究によるメカニズムとは】
前述のステップ動作で少しでも爽快感を感じたら、それこそが意欲。
運動するのが億劫だというときに行えば、もっと運動がしたいというやる気を生み出してくれる。
そのやる気もまた、BDNFの恩恵?
いいや、やる気の正体は「エンドカンナビノイド」という物質だ。
エンドカンナビノイドは内因性カンナビノイドとも言われる脳内マリファナ類似物質。
植物性のカンナビノイドが大麻だとすると、こちらは自前で作る生理活性物質。
マリファナというとなにかヤバそうな響きだが、エンドカンナビノイドは人体の神経細胞同士を繫ぐメッセンジャーで、健康維持に欠かせない物質として近年注目を浴びているのだ。
「エンドカンナビノイドは運動によって作り出されることが分かっています。
この物質がCB1受容体という受け皿にくっつくことでやる気スイッチが入ることも確認されています。
長時間走っているときに得られる高揚感は、β -エンドルフィンという脳内物質が分泌されているからだとこれまで考えられてきましたが、最近の研究では、エンドカンナビノイドの方が高揚感を生み出す因子ではないかといわれているのです」
ココに効く!
カラダのセンサーが痛みなどの刺激を感知すると、化学反応によって脳内でβ―エンドルフィンが分泌されて痛みがマスクされ、高揚感をもたらす。
これがランナーズハイと言われる現象。
ところが、痛みのセンサーをブロックした人のランニングの実験では、β-エンドルフィンの分泌が見られず、エンドカンナビノイドの分泌が促されて高揚感が得られたという。
「また、ネズミの実験ではCB1受容体をブロックしたネズミとそうでないネズミとでは、後者の方が走りたいというやる気が2倍になったという報告もあります」
CB1受容体の働きで、ネズミのやる気が2倍に!
エンドカンナビノイドを作り出すおすすめの運動は、やる気がいらないくらいの軽負荷運動。
心拍数が若干上がればそれで十分。
ちなみにCB1受容体は脳のさまざまな部分に広く分布しているという。
上のイラストで示した部分にある受容体にエンドカンナビノイドがくっつけばやる気が促されるが、これ以外の部位に作用している可能性ももちろんある。
では、やる気が出たところで、BDNFを増やす本格的な運動に取りかかろう。
そのためには目標を設定することが第一歩。
下の表のように運動の種類によってBDNFの増え方や作用する部位は異なるからだ。
手に入れたい“脳力”に応じてメソッドを選ぼう。
今回は、医学博士の久賀谷 亮さんの記事を一部引用させていただきました。
元記事はこちら→なぜ運動で頭が良くなるのか。最新研究でわかってきた“すごい”効果 | Tarzan Web(ターザンウェブ)教えてくれた人
久賀谷 亮(くがや・あきら)/医師(日・米医師免許)、医学博士。
イェール大学医学部精神神経科卒業。
日本で臨床および精神薬理の研究に取り組んだあと、
イェール大学で先端脳科学研究に携わり、
臨床医としてアメリカ屈指の精神医療の現場に8年間にわたり従事。